【ゲスト教授】建築家・青木茂 ~そこがターニングポイント~

写真と記事:瀬尾泰章

リファイン建築の先駆者である建築家の 青木 茂 氏に話しを聞いた。

常に現状に満足せず一歩一歩前進していく姿、そう、
すべてはそこがターニングポイントだ。

建築家になるきっかけは何だったんでしょう?

建築家を志そうと思ったきっかけってなかったんですよ。

大学を卒業して建築会社に入ったんですよね、で、そこで働いている人をみていると大体先がみえたんです。30歳なったらああなって、40、50になったらああなってってね。

その時に若干こう楽しくないだろうなと思ったんですよね。その頃、私の親父は土建会社を経営していたんですけど、私に後を継げと、、、そんなこともあって8ヶ月でその建築会社やめて実家に帰ったんですよ。

土建業ですからもちろん土方をさせられたわけですよね。結局は4年間やりましたけど(笑)、半ばくらいからね、これはもっと面白い事できるんじゃないかなあって漠然と思っていたんですよ。いえ、仕事自体はすごく面白かったんですよ、体動かすの好きだったしね。

それであと継ぐのやめるっていってね、私、昔から少林寺拳法やっててね、少林寺拳法の道場開いたんです。

27歳の時でした。でまあ、少林寺拳法の道場だけでは生活がなりたたないのでね、ある時弟子の一人がね、せっかく建築やってたんだから建築の設計をやったらどうか?って言ってくれたんです。

当時、申請業務っていうのを大工に変わって書く、代案っていうんですけどね、書く人少ないのでそれをやったらどうかっていってね。そこからスタートしたんですよね。まったく知識もなかったしね。

それで設計なんかやっててね、周りが上手いですねってほめるわけですよ。それでだんだん調子にのってきてね(笑)で、1級の試験受けて通って正式に事務所を開いた訳ですよ。

で、それが32歳の時。それがまた現状に対してもっと何かしたいなって思ったんですよね。それでね、安藤忠雄さんがヨーロッパ建築ツアーの講師をやるっていうのを雑誌でみてね、これはいい、これに参加しようって思ってね、その時車を買おうと思っていたお金をね、その建築ツアーにつぎ込んでいったんですよね。

今思えばそれが人生のターニングポイントだったんですけどね。

お前えアホやなって安藤さんからは言われましたけどね。そこではいろいろと刺激を受けましたよ。

その後3年間で300冊ぐらい本読んだんですね。で、大体まあ、東京にきて建築をやっている人としゃべっていてもそんなにちぐはぐにならなくなってね。

38歳の時に少林寺拳法の道場を弟子に譲ってね、地元の大分市に事務所開いたんです。それでまた次にいこうと思って、都会の福岡に事務所を開いてね、そのあたり自分の意志で能動的に進出したけど、

ただ、今の東京の事務所は東京で仕事が増えてきたので、ある意味では受動的でした。

リファイン建築っていうのはどういうのがきっかけで?

安藤先生とヨーロッパにいった時に、イタリアにベローナっていうところがあって、そこにロミオとジュリエットの舞台になったカステルベッキォという建物があるんですよ、今は美術館になってるんだけどね。

私らが教えられてきた建築っていうのは、一から作っているんですよね、ですが建物のオーラに魅せられるものがあって、、、歴史的な空間の中になにかしら別の要素を突っ込むとこんなエレガントな空間に・・って事を体感してね。そこで感じた事を自分なりに表現できないかなあていうのが大きなきっかけでね。

今、もうリファイン建築を続けて、20年くらい経つんですけどね、いつも建築家としてなにか自分に武器(オリジナリティー)を持ちたいと思っていた。それが私にはリファイン建築だったってことですね。

普通の建築っていうのは、平地に建てるとしてね、何百通りの立て方があるわけなんですよ。でもリファイン建築ていうのはね、現存する建物、築年数、それに向かいあうんですよね、建物の声を聞く、感じる、そしたら回答が見えてくるんですよ。こういうものでないといけないだろうとね、確信。

そういうふうになるとね 深く追求できるわけですよね。あ、それと通常建築っていうのは必然的にその建設する場所に影響を受けるわけですけどね、私の場合おもしろいのはそれだけでなく、建物によって影響を受けることになる。

そこの建物に影響を受けるとね、その建物の歴史性っていうものをよみとりながら対話できるっていうね。だからヒントに溢れていてアイデアが枯れる事はないんです。


IPSE目黒鷹番

建物をつくるプロセスにおいて、気持ちの面でも波みたいなものありますか?

建築は生き物ですからね、それを考えているってときは、、経済的な問題、法律の問題、近隣の問題、現存する建築物をどうやって再生していくかって悩むときもあるけど、でもアイデアが浮かんだら一気にはしりだしますね。

今、私の建築プロジェクトは15件程が同時進行しているんですけどね。それはいろいろですよ。ものすごくワクワクするものと、ん~と思うもんもありますし(笑)でもそれをいかに平常心をもってやっていくかってことでしょうね。

街歩いてこれやりたいなあて思うものっていうのは山のようにありますよ。まあそれがワクワクしている間っていうのは大丈夫なんでしょうね(笑)


IPSE目黒鷹番

リファイン建築の成功と確立するまでのご苦労はありましたか?

常に失敗の連続だったんです。成功って感じられるのはあんまりないですね。ただ、失敗したらそれに対してどう対処するかっていうね、それが上手くできたんじゃないかって思いますね。成功したっていうんであれば、そんな失敗の連続を教訓にできたってことでしょうかね。建築においても、人生においてもね。


IPSE都立大学

建築家を目指す若者にアドバイスあれば教えていただきたいのですが。

今の若い人は焦る事はなくて、今、目の前の仕事をちゃんとしていくことかな。自分にあたえられたことに関して全投球する。焦った時期も私にも当然あったんですけどね、結果的には良くなかったですね。

今ある仕事っていうのは腰をすえてやっていくっていうのは、人がしっかり評価してくれて、人伝えにいってくれるって事でしょうね。仕事ってね、自分の力量以外のことってこないんですよね。力量っていうのは、建築をつくるっていう力量もあれば、人間的な力量っていうのもあるしね。

すべて含めて、自分の力量って以上のものってこないんですよね。


IPSE都立大学

これからの夢や目標などあれば教えてください。

リファイン建築っていうのはね、ある瞬間から誰もやっていないって分かったんですよね。私が先駆者てことがわかったんですよね。発表して20年たつんですけどね、今からは若い人にこの建築概念を伝えていきたいっていうのがあります。

どこでもコンクリートの再生っていうのはそんなにないんですよね。だから行脚しながらね、各地にひろめていくのが自分の使命かなあって思いますよね。

地方で頑張っている建築家っていっぱいいます。地方が元気にならないとねやはり日本は。東京だけがすべてででないしね、

そういえばウラハラ藝大教授にも地方から参加している若い建築家がいるようですね。彼のような人にがんばってもらいたいですね。

(現 首都大学 都市環境学部教授)

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ウラハラ藝大代表 Photographer | 写真家

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