【シルバー教授】負けたらあかん。ライカ専門店 社長・平野芳子

写真と記事編集:瀬尾泰章

ライカ愛好家の母がいると聞いて大阪・心斎橋に向かった。有名無名写真家から、各界の著名人まで、ライカ愛好家が訪れる信頼のライカ専門店株式会社サンエス代表取締役 平野芳子さんだ。

『まけたらあかん!』その言葉に僕は背筋がピンとのびる思いがした。まだまだ現役でライカの素晴らしさを伝えている平野社長。優しい言葉のふしぶしには強いこだわりが取り巻いていた。

そうねえ、ライカのきっかけねえ、最初はね、ライカを知らなかったんですけどね。ライカがすごいっていうのがだんだん分かってきて。最初にライカで写しておられる方の写真をみて、ライカはすごいなあっていうのがわかりましてね。

戦後60、2、3年たっているでしょう。ライカが戦前からあって、あの古いのね(ショーケースのライカに指をさしながら)、できてから80年たっています。戦前で20年近くでていたんですね。

その時はそんなにたくさんの人が、お値段が高いからね。そんなにたくさんの人が持ってなかったんですけど、たのしいに、それで過ごしてはる関西でいうたら旦那さんがたね。

旦那さんがたが寄り合って、ライカを持って、他にはローライとかあったんですけどね、ライカが一番小型で35mmの原点やないですか。ですから小型で良く写るってことでライカを持つ人が多なったんですよね。それ以前は木製の大きなカメラね。あんなんばっかりだったんでしょう。

戦争にとにかくライカが活躍した、持ってる方がそれを聞いて実際に見せていただいて、ほーっと思ったんですね。その辺がきっかけです。それで私は戦後はファッションの世界にね。ね、暗い時代を過ごしてきたから。その華やかな時代がほしくって。洋裁の学校に行ってたしね。それがばあーと広がって華やかな時代になったんですよ。

そしたら、そのときにやっぱりモデルさんに着せて、写している人がやっぱりライカを持っていてね。そのときもほーっと思ってねえ。で、まあ興味を持ったんですけどね。持つんだったら、やっぱり一番いいのね、洋服でもそうですよね。

なんでも一番いいのを知らないといけないからね。そんな世界におったからねえ。ライカは70年前のだっても今も使えるんですもんね。

戦後60年たって、他メーカーも同じかっこでカメラつくりましたけど、ライカが今も生きてる、その時代のままのデザインですよ。ちょっとおっきくなったかなっていったもんで、まったくデザイン変わってないんですよね。

たいしたもんですねえ。それにも感銘しましたね。番号がね一番からずうっと通しナンバーなんですよね。

型が違いますけどね、番号はずうっと追い番なんですよね。でね、いまでねえ、ボデェが300万くらいですわ。それでねレンズがね、広角とか望遠とかありますけどね、それ全部おんなじ番号ないですからね。400万台ですね。まだ400万台ですよ。だから、いかに少ないかね、だから精密にいかに作っているかってことでしょうね。

日本人はいいものをいっぱい残しています。でもカメラだけはそういうのないからねえ。やっぱりライカ社には負けますね。そっからはじめってんですからね。

戦後からですからね、だから昭和27年からですからね。えっ?歳はいっちゃあ、駄目ですよ。私働いてるから若う見えるだけでね、ほんとは歳いってるんですよ。

まあ、言いますけど、昭和の年と一緒(笑)分かるでしょ。

戦後ね、我々女性は着るものも強いられていたから、華やかんがほしかって、でいち早くね、で洋裁ね、一番華やかなのやっていたからね、でそこでねやっぱりライカが活躍したんですよね。だから35mm伴のカメラで大判に匹敵する写真が撮れるってすごいですよ。

ライカはねだんだん年、年数がたってくるたびにレンズがいいって分かってきましたね。だから奥深いですよ。そのときそのときの特色もあってね、この時のレンズはこういうふうに写るなってそんなものも面白いですよ。だからライカにはまってしまうお客さんがいるのはそういうことなんでしょうね。そりゃあ、こんな話し聞いたらみせられますでしょ(笑)

お商売のこだわりですか?そうですねえ、若い方を支持してますね。みなさん、そのとき若かった方なんてね、今や偉うなってますよ。そうですね、高校から来ていたりとかね、わざわざ遠くからね。本当に有名なってる人多いんですよね。みな、好きなんですね。写真好きなんですね ライカ以外だったら写真が嫌になってたかもしれませんよね。

でね、学生でいらしてね、お金たりないんだけどなあってね、でもいいよおってね。また次あったときでいいからってね。そういうね、接し方をしてきた人が何人かいますね。そういう人はね、やっぱり好きなんですよね。おつきあいですよ。おばちゃーんって、来てた人なんかも今はもう大先生なんかになっておられますけどね。

若い方がそう熱心にね、ほしそうにとか、使いたいとかね、これをお使いなさいってね、若い人だからこれからですからね、それはいつでも頭にあることですけどね。なんでもそうだけど、写真だけではなくてね、そりゃいいことだと自分で思ってますよね。

まあライカで良かったかなあとかね、最終的にはこれでね、他にもやってたことあったんですけどね、もったいないって言われた事もあったんですけどね、この世界に入ったら ここでは、私は一所懸命です。他の事考えてません。

負けては駄目。そう自分のこだわりにね。そうでしょ、なんでも。それに勝たなきゃ、しんどいとか、体がえらいとか、こんなの辛気くさいとか、そんなん思てたらできませんからね。みなさんに喜んでいただいたら、なんか良かったなあってね、いいものを商売させていただいているなあって一番思いますね。

せっかくお商売してんのに、なんや三流くらいの、やっぱりそこから入った方、不幸やと思いますよ、私は。いいものをやっぱり宣伝して、させていただいている事けっこうやと思います。だからみなさんもいいものをみつけられたらいいですよね。

負けたらあかん。

一所懸命生きているほうが、でしょ、夢中になっていきてるほうが、いいじゃないですか、私はまわりの子どもらにいうんですけどね、なんでも一個だけ、一番になってみなさいって。学年の中でも真ん中にいたらね、人生真ん中だけよって。だから一つだけ覚えたらね、何もえろならなくてもね、いいから。これでやっぱ上に立ついうことはいいことだってね、一つだけでいいからね。

だからライカでもそうでしょ。いいものが身につく。いいものを見る目が養われるっていうね。ねえ、人よりも豊じゃないですか。うちらこういったカメラ売ってますけどね、でもねよかったなあって思うのはね、誰にも負けないカメラって事でしょ。

この間もね、ライカの社長さん来られました。(ドイツ本社より)ここみにね。今の社長さんはね、努力家なんです。だから新しいもんもどんどん作って、いきますーいわれていましたから、いい事やなって思います。

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written by

ウラハラ藝大代表 Photographer | 写真家

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