【ゲスト教授】能楽師・坂真太郎/能のクリエイティビティー

インタビュアー 後藤みほ子
写真・記事編集 瀬尾泰章

台東区にある、能楽師・坂真太郎氏の稽古場を訪ね、能について、クリエイティビティーについて、そして『幽玄』の世界についてお話を伺った。インタビュアーは、アナウンサーの後藤みほ子さん。

★きっかけ★

初舞台が2歳の時でした。
父がもう能楽師としてやっていましたので、気がついたら、能は自分の生活の一部になっていましたね。私も最初は、行儀見習いみたいな感じで能をはじめたんでしょうね。

大人の仕事っていうのはこういうもの(能)なんだろうなと、思っていましたし、幼稚園の時なんかには、もうすでに謡の先生になるんだと周囲には言っていたみたいですね。

東京藝大を卒業して、私の父の師匠のところに修業に住み込みで入りました。住み込みっていうのは、学生時代とは違うんですね。大学の場合はカリキュラムがあって、明確な指導っていうのがあるんですが、内弟子修業にいくとどちらかといえば、『芸は見て盗め』という感じですからね。

稽古ばかりできるわけでもなく、雑用が多かったですね。能楽堂の一角に住んで、掃除、買い物、先生のお迎えに行ったりだとかですね。なんでこんな事しないといけないのかな、と思いながら当時は思ってやっていることもありましたね(笑)

その生活の中で、相手の気持ち(先生、先輩、同輩、後輩)を感じることの大切さを学んだんでしょうね。そういう事が大事というか、そういうことを学べる時間でしたね。一つの一番大きな目的だったのだと思うのです。

★伝える★

とにかく能をやっていない自分が考えられなくて、仮にこれをやっていなかったら、、、というふうにすら思わないわけです。今のような変化の多い時代ですが、バトンを受け取った人間にとっては、知らないといって、投げ出せないわけですよ。そして次の世代に受け継ぐ責任を感じます。これまで約600年という歴史のなかで途切れる事無くつながりで伝承されてきたわけですから、私だけのものではないのです。

こういう時代だからこそ、写真・映像だとか、かなり鮮明に残しておくことはできるでしょうが、今の時代を生きて物事を肌で感じて、すごいというものを、私も後世に伝えなくてはというのがありますね。ずっと先輩の能楽師の方々を観ていて、いつも思うのですが、身体の使い方なんかは真似できないなと、すごいですよね。どうしたらああできるのか、いつも自問自答です。


※近江女という能面。都の美人とは違って、そんなにあか抜けてないっていう表現があうかもしれません。能面は人間の顔と同じで左右非対称につくられているんですね。

私は先輩方の舞台をみていて、すごいなあと思うのですが、そこで感じたものを次の後輩にパスするには、自分がここ(上のレベル)にいかないといけないんだなあという気持ちもありますね。

もちろんテクニカルな問題、まだ自分のなかで消化できてないものもありますが。自分でこうかな、ああかな、とやってみるんですが、どうもうまくいかないってことありますからね。

人生のほとんどを能に関わって生きているんですが、自分も年々これから老いていきますが、体力、筋力が衰えていくからといって芸がおちてゆくわけではないです。

やはり先輩方の舞台をみていると、舞台の上でみえるスピード感って違うんですよね。体力、筋力は衰えているはずでしょうが、速くみえるんですよ。速く見えるっていうのと、実際に速いっていうのは違うんです。確かに私の方がだいぶ若いのですが、舞台の上でどっちが速いかというと、それはかなわないものがあるんですよ。

能を演じるにあたって、伝統を守るだけではなくて、例えば、薄いガラスコップに例えるとすれば、それを壊さず割れないように大事に守ってリレーしてゆくというよりも、今の時代の、その時代にいきているエネルギーを注いでいくというのが大事なんでしょうね。そうすることで今の時代にあった表現ができるのかもしれませんね。

★魅力★

やっぱり能の美しさは、能の基本的な考え方というか、余分なものはなくすというか、削った最後にでてくる美しさなんですよね。ダイアモンドのようにいらないものをそぎ落として最後にでてくる美しさというか、例えば桜の時期、能の場合、一本桜の造花を持ってきて、満開の桜を想像してください。っていう世界ですからね。言葉からの桜のイメージをお客様にお伝えするというものですからね。想像力を必要とする世界かもしれませんが、じゃあ、お客さん想像してください、というのではなくて、そんな想像が湧くような舞台での発信をしていかないとお客様まで届かないと思いますしね。

★クリエイティビティー★
※坂さんは、オペラや現代音楽奏者などとも積極的に活動をされています。

昔、能をはじめた方は、当時は全て、演目やその他やり方など、まったく新しいものだったわけですからね。新しいものを作り出すエネルギー、まあそういうワクワクする気持ち、そういうものって失ってはいけないと思っているんですよ。そいう意味では、他のジャンルの方々とも一緒にいろいろやって、新しいものをつくっていくことは、これからもやっていきたいんです。自分で小学校の時に書いた作文があったのですが、お能にバイオリンをいれたらいいんではないかなどと(笑)、なのでどういうわけか子どものころからいろんな方と一緒に共演する事には、抵抗があまりないんですよ。

違う分野の方々と共演するのは面白いです。相手の出方を受けて次はどうするか、そっちはどうやるのかなっていうのは普段一緒にやらない人たちなので、そこを見極めるというか。普段いつも舞台をやる方は、なんとなく、呼吸がわかる部分がありますが、いつもはやらない違う分野の方々とは、どういうふうにくるのか、構えて待っているのがとても面白いですよね。耳を傾ける時間。神経を研ぎすます訓練になるといいますか、それが能の舞台に戻ってきたときに、決して無駄にはならないと思いますね。

★幽玄の世界★

能っていうのは、『幽玄』の世界といいますがね、どっちの漢字にも、暗いっていう意味合いの漢字がはいっているんですね。暗さのなかで怪しげに動いている。それは人の想いっていうのもあるんでしょうね。そこにとどまってしまって、想いみたいなものが、舞台上で呼び出されて、また向こうに帰っていく。作品によっては、これは能の世界でないと、表現できないなあ、ていうのもありますよね。時間軸がやっぱりねじ曲がった感じが、お能独特の感覚ではないかと思いますね。

余談ですが、能を観ていて眠るっていうのが一番の贅沢だっていう方もいらっしゃいますがね。能は研究によると、α波がすごく出ていて、眠気を誘うようなんですよ。

★これから★

一人の舞台人としては、自分が次の世代の目標になりたいなあ、と思いますよ。そのためには、やらないといけない事がたくさんあるでしょう。自分がどうなるかということは、自分が後輩たちの目標になる役者になるって事ですかね。

あと、広くいろんな方が能に興味をもってくれるようになっていただければ嬉しいですよね。まずは日本人が能を見直してくれる事が嬉しいですね。日本で能を観た事がある方っていうは、たった2.5%っていう調査もあるんですが、将来はこのパーセンテージが増えているっていうのが一つの目標ですね。


※能面は表を見るより裏をみると誰の作品かが分かるという。ノミが横にはいっているとか、縦にはいっているとか、汗のながれる経路も考えてつくられているようですね。

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written by

ウラハラ藝大代表 Photographer | 写真家

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