即興学ぼうず 押谷 祥太 ウラ藝教授就任記念初仕事!
写真と記事編集:瀬尾泰章

雪、雪、雪。
押谷祥太 は、ウラ藝教授就任にあたり、ある仕事を引き受けた。「雪」を降らせるというものだ。
なぜ、雪か?
それは、新春に行われる、日置 恵教授と かわはらゆな教授の共同開催クラス(狂言部門では、雪がテーマの演目を謡う)のイメージ写真撮影の為である。

押谷 祥太、二十歳。
都内の某大学に通う大学3年生。数学が専攻。自身の活動として、役者をやっている。そして、”インプロ”(即興)を学んでいる若者なのだ。”即興”を、多くの人と分かち合いたい。そして、社会の”即興”を学びたい。その思いで、ウラ藝の門をたたいた。押谷はいう「僕はまだまだ修行の身、小坊主です」と。即興学(まな)ボウズ、押谷祥太の修行は今からはじまるのだ。
イメージ写真撮影の数日前、押谷はパソコンの前にいた。
スカイプで、越後(新潟県長岡市)に暮らす雪の博士・諸橋和行教授に相談したのだ。
雪を降らせるという行為。
即興でやるとはいえ、押谷に必要なのは、基本的な雪の知識なのだ。

諸橋教授、雪にはどんな種類があるのですか?
『押谷くん、雪はね、大きくいうと3種類に分けられるんだよ。まず、乾いていて軽くてふわふわの雪である”新雪”。これは、密度0.1t/m3あ るかないか。そして、”しまり雪”、これは0.3くらいかな。雪合戦で使いやすい雪だね。雪だるまも作りやすい。そして最後に、ざらめ雪、これ は、0.5くらいだね。水分を多く含んでいて、雪だるまを作るのが難しくなります。』
数学専攻の押谷は数字には強い、その辺りピンとくるのであった。
では、上から降ってくる雪は、、、何なのですか??
「基本的には、降ってくる雪ということであれば、新雪でいいかな。気温が高くて、雨と一緒に降ってくるみぞれになると、ざらめ雪なんだけどね。」
なるほど、そうなんですね。今までなんとも考えていなかった事であった。諸橋教授、雪の話になると、テンションがあがる、当然だろう、雪の博士ですから。押谷の質問に丁寧に答えてくれる諸橋教授に、押谷は雪の奥深さを知るのであった。

諸橋教授から学んだ知識を、この紙の雪にこめる。
いざ、降らせてみよう、新雪を!
本番!

謡!

書!

今だ!雪だ!


クラスの詳細は、こちらから。
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文:押谷祥太(即興学ぼうず) 写真:瀬尾泰章

即興とは何か?
自分はそれを学ぶためにウラハラ藝大で活動を始めた。
自分は普段俳優として活動しているが、その一方で即興芝居(インプロ)も同時に学んでいる。即興による表現というのはなかなか奥深いもので、人として大切なものが詰まっているような気がした。自分の思いを的確に表現する、他者を受け入れる、ポジティブに考える、失敗を恐れない、常識にとらわれない、変化を起こす…いつしか自分は、即興の考え方にすっかりハマってしまった。
即興に必要なものは何か、即興によって得られるものは何か、即興とはどういった形で存在しているのか…
このウラハラ藝大は、様々なジャンルの人達が一堂に会する。
ここで自分は様々な人に出会い、話を聞き、即興に対する考え方を深めていくつもりだ。
第1回 日置恵(おいしい書道)×かわはらゆな(狂言×Voice detox)

初めてとなる今回は、ウラハラ藝大教授の日置さんとかわはらさんとの対談です。
いきなり大物との対談で「!?」って感じでしたが、インタビュー内容は決めず、まさに即興で話をしていきました。その中で出てきたことをエッセイ風にまとめたのが、以下の文章になります。一応時間軸には沿っていますが、ただ言葉を並べてもわかりづらいかと思うので、話のまとまりごとにタイトルを付けました。尚、実際の話の中での表現とは変えて書かれているものがいくつかありますが、そこはご了承ください。
それでは、どうぞ!
《自由》
「おいしい書道」のコンセプトは「感じたままに書くこと」だと日置さんは述べた。感じたままに表現することは演劇(というか芸術方面全般)も同じなので、そのツールが筆と墨なのか自分の身体なのかの違いで、本質は変わらない。しかし、日常生活においては、「こうしなさい」「これはしてはいけない」といった風に、型にはめられることが多い。
これは表現の幅を狭めるものだと自分は考える。なぜなら、表現において最も大切なことは「自由さ」だと考えるからだ。昔学校で習った「お習字」を思い出していただきたいのだが、まさに型ありきのもので、そこに自由さはない。しかし日置さんは、その「お習字」を用いて、全く正反対のことを行っているので非常に興味深い(字を習わ せていないのだから)。ただ、型がないと自由が生まれないのも確かである。書道でいえば、まず筆の使い方等々の基本を身につけてからでないと、自由な表現は出来ない。日置さんは「即興は高級なもの。基本ありきの大人の遊び」と述べた。

《協調》
セッションは即興であるという話も出た。互いの表現を受け入れあって、1つのものを創造していく。まさに即興である。演技においては、相手とのやりとり。書道においては、紙に描かれる文字とのやりとり。そんな中で、狂言における即興性に自分は興味を持った。日本の演劇という意味では、自分と同じ方面に属するものの、型にはまっているイメージが強いため、そこに即興が存在するのかどうかもわからなかった。
かわはらさんは「シテ(主役)がお客さん、天気、時間、間、全部読む」と述べた。なるほど。日置さん風に言わせてもらうと、これこそ高級な即興だろう。ただ、これも基本がないと出来ない。「10年続ければ即興で歌が歌える」「基本は神様」とかわはらさんは 述べた。
《失敗を活かすこととその瞬間を楽しむこと》
即興には正解も不正解もない。出来上がったものが正解である。日置さんは「こっちが長くなったらこっちを短くしようとか、そこに生まれたものと対話をする」と述べた。その瞬間を楽しんでいれば、未来の予測をしないから、それが成功するか失敗するかというという感覚は生まれない。未来の予測は不安の表れで、それをにより安全は得られるが、冒険は得られない。不安を払拭するには、失敗を恐れていてはいけない。それを活かすほどのマインドがなければ、即興は出来ないのだ。

《ありのままでいることと評価を恐れないこと》
何かを表現するとき、誰もが「良いもの」を目指してしまう。それは、どこかで見たことがあったりとかするような、自分ではない別の何かである。心理学者の河合隼雄さんが、箱庭療法(箱庭に砂、人、乗り物などの模型で自由に作品をつくらせることで患者の内的治癒力を回復させる治療法)において、「普通、正常、健常といわれる人達が作る箱庭は見事に面白くない。つまり、そういう人達は、つまらないものを作る才能を持っているんですよ」と述べている。社会は扱いやすい人間を作るために、つまらない人間をつくる教育をしている。出ない杭を作っているのだ。
「そういう人達に右脳を使わせると苦しい」と日置さんは述べた。
ただ、ありのままであることは苦しい。周りか らの評価を気にせず、自分の信じる道を進んでいかなくてはならないからだ。人は、評価を恐れている。恐怖があるから自由になれない。
《即興と禅》
こんな姿でこんな話をすると、微妙な説得力があるのかもしれないが、禅の精神と即興の精神はつながっている。例えば、人間の高低は仏から見れば皆同じである。つまり、評価など決めようがないということだ。そして、そういった仏の精神を目指すことがいわゆる禅であり、それは即興の精神と同じだ。全てOKであると見なせることが大切である。

《広い意識を持つこと》
良いか悪いかはないが、気持ち良いか気持ち良くないかはあるかもしれない。即興でシーンを創っていて、どうしても気持ちが乗らなかったり、やってて気持ち悪いシーンも出てくる。そういう時、即興では「もう1回!」と大きい声で言って、シーンをやり直す。やりたくないものをやっていても意味がないからである。そうならないように、即興でシーンを創るときは、常に相手のためにやることを考える。
「相手がやりたいこと、喜ぶこと、意図することはなんだろう」と、常に相手を意識する。
意識を自分の内側だけに留めていてはいけない。そうすると、うまくやろうという狭い意識はなくなる。かわはらさん風に言わせてもらうと、間を読むということである。
《うまくやろうとしないこと》
即興で一番大切だと言われていることである。即興でシーンを創っているとき、どうしても大胆になりきれず、自分のこなせるところでやろうとする人がいる。そういう人を、お客さんは心から尊敬しない。しかし、大胆なことをする人、自分から進んで困る状況に持っていく人、自分に無茶ぶりをする人に対して、お客さんは評価をしない。寧ろ味方になってしまう。大胆であるということは恐怖を感じないということだ。思い切って失敗してもらうと、見てる側もうれしい。面白さよりも、嬉しさの方が人を幸せにする。

《まとめ ~ 即興とは?~》
日置さん「高級。基本ありきの大人の遊び」その人が生きてきた証がそこにあれば、それが基本になる。それを表現するための知識であり、教養であり、身体であり、筆である。
かわはらさん「和」
1人のときもあるけど、独りじゃない。いろんなものを感じ取り、受け入れ、結びつける。
自分「liberty(枠組みがある中での自由)」
基本の大切さはわかっていたが、改めて感じた。自由と不自由は表裏一体。
30分超にも及ぶ対談でした。
もっとお二方のお言葉を入れたかったのですが、自分の言葉でまとめてしまったところが多いです。申し訳ないです。でも、とても楽しく、貴重な時間を過ごさせていただきました。
日置さん、かわはらさん、ありがとうございました。
《即興学ぼうず》


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