【レポート】天職と出会う瞬間。

写真・記事:瀬尾泰章

作品が完成した。

納品前にお店前で、最後の手直しをする、三浦摂子さん。
教授・鶴丸礼子さんの生徒さん(お弟子さん)だ。

生地が手元に届いてから、2日間で仕上げた。
実は、輸入カーテンを扱うインテリアショップから、カーテン生地を使って、お店のクリスマスのディスプレイ用にドレスを作ってほしいという依頼が摂子さんのところにきたのだ。

摂子さんが、鶴丸さんに出会ったのは今年の2月。
弟子入りし、本格的に習い始めたのは5月の事だ。

弟子入りしてから約半年強、これほどの作品ができるのは、驚きだ。

この作品ができる数週間前、摂子さんは鶴丸さんのアトリエ兼ショップで、手を休める事なく、ひたすら仮縫いのピンワークを進めていた。

現在、摂子さんは41歳だが、31歳の時に決めていた事が1つあったという。

それは41歳までに10年かけ自分の「天職を見つけ、身につける事」。しかし天職というのは、そうは簡単には見つからない。いくつかの事にチャレンジし、やりがいを見つけようと努力したが、今ひとつしっくりくるものが見つからなかった。そして気がつくと39歳になっていた。

あと1年で40歳、ハッとし、焦りに焦ったのだ。焦って、焦って、真剣に悩む日々。そんな姿を友達が見かね「もっと今の時間を大事に生活してもいいんじゃないの」と言った。「そうだなあ」とも思うようになり「天職を見つけたい、身につけたい」という気持ちが、ぼんやりと消えかかってしまっていた。

今年2月、たまたま通りかかったのが、鶴丸さんのお店の前だった。

その頃ちょうど自身の体調不良の事もあり、19年間勤めた職場を退職する時が翌月に迫っていた。さて、これからどうしていこうか。ぼんやりと思う日々の中での出来事だった。

「何かオーダーメイドのお店ができているなあ」

そう思いふらっと中に入ると、そこに広がるのは、何か懐かしい、何故か馴染みのある、光景だった。「これだ!」一気に世界が開けた気がした。実は、摂子さんの祖父は、昔、洋服の仕立て屋さんだったのだ。この雰囲気、この環境、小さい頃訪れた、おじいちゃんのお店の記憶がよみがえったきた。

その後、摂子さんは、鶴丸さんに駆け寄り、質問攻めにした。「彼女のその時の行動、言動はおもしろかった」そう、鶴丸さんは、その時の状況を振り返るが、興奮が、感激が、溢れ出ていたのだろう。鶴丸さんに見せてもらったピンワークは神業で、涙がでるくらい感動したという。

「この人に弟子入りしたい!」

摂子さんはその瞬間、行く末の事まで決めてしまったのだという。10年間探し続けていたものが、この場所にあったから。

弟子入りしてから、教えてもらういろいろな事。鶴丸さんの「鶴丸式製図法」は、はじめ何を言っているのか、さっぱり分からなかったという。簡単にいえば、一度の採寸で正確な原型が製図できる、多くの大手アパレルメーカーも認める製図法なのだ。

今、洋服の専門学校で2年間学んでも、製図の1つもできない学生ばかりが卒業していっている状態で「なんちゃってデザイナー」をあまりにも出し続けている事に、鶴丸さんは疑問を呈している。「鶴丸式製図法」を服作りの「世界標準にしたい」鶴丸さんは、そういう想いで指導にあたっている。摂子さんも、その世界標準を今身につけているのだ。

国家資格である「厚生労働大臣認定1級技能士」も、最終的に目指す。それでこそ、初めて胸をはって「私は服飾デザイナーです」と言えるのだという。

一人前になるまでに、普通10年かかるといわれる、こういった技術職。
「私は、2年で身につける!」摂子さんは熱い。

納品のこの日。運び込まれた作品にお店の方たちが、目をまるくして集まってきた。
嬉しさと、すこしの恥ずかしさと。

今年、天職はみつかった。
摂子さんの「身につける!」は、今からが勝負だ。

Share on Facebook

written by

ウラハラ藝大代表 Photographer | 写真家

Comments are closed.

Leave a Reply

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!